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第7話・魔法が解けまして 5

Author: 阿良春季
last update Last Updated: 2025-06-22 08:11:23

 キリッと背筋を伸ばしたグランツもまま姿勢良くミオに向き直り、それから直角に頭を下げた。

「先ほどの非礼をお詫びする。大変申し訳なかった。その上でお前……いや貴方にお願いがあります。貴方のその植物を召喚し栽培するお力で僕……私にどうか助力願いたい。どうかこれからもこの島を助けてほしい。どうか、この島の発展にお力添えをお願いいたします」

 ぎこちなくも改まった言葉でグランツに深々と頭を下げられてしまった。突然のことにミオはずり落ちた眼鏡を直しながらもわたわたと狼狽える。

 こんな風に人から頭を下げられたことがないから、どうしたらいいのか分からず動揺してしまうのだ。

「えっいやそのっどうか頭を上げてください! そ、そんな風にされなくても、そのわ、私頑張りますから!」

 慌てふためき早口でそう告げた瞬間、ミオはあっと声を上げた。

「ここに来た方々の食糧の在庫!」

「在庫?」

 そう。すっかり食糧のことを忘れていたことを思い出したのである。

「ここにいらした皆様の食糧の在庫を確認しないと。必要ならジャガイモの増産をしないといけないんです」

 わたわたと分かりやすく慌てふためくミオの言葉にエクラとグランツは顔を見合わせ、そしてそれからプッと破顔した。

「食糧ならば昨日の定期便と今日の臨時の船で運んで来ている。気にすることはない」

 グランツの言葉にミオはほっとする。食糧の心配がないのであれば良かった。最悪また倒れるまでジャガイモ大量生産をしなければいけないと覚悟を決めていたのである。

「しかしレイに食糧以外に日用品など必要なものを用意してほしいのだ。このリストをレイに渡してほしい。頼まれてくれるか?」

「はい、分かりました」

 ミオはグランツがその場で書いたメモを受け取ると、屋敷を出て自分達の暮らす屋敷へと戻る。

 グランツは癖は大分強いけれど、どうやら悪い人ではなさそうだ。レイの屋敷へと戻りながらミオは今日初めて出会ったグランツを心の中でそう評価する。

(そう言えば……グランツ様少しおかしなこと言ってたな)

 彼の言動で一つ気になることがあったのだ。「もう家族は一人しかいない」とグランツは言っていたが家族は皆赤竜に殺されたと言っていた。それは一体どういうことなのだろう。

(あれそう言えばメモ……あったあった)

 落とさないようにポケットに入れていたメモを取り出した。

 そ
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